2014年02月23日

【ネット記事】「延命しないで」は本人の意思?


シリーズ記事の第一回目です。


緩和医療医・大津秀一さんのヨミドクター連載「終末期と緩和ケアの本当の話」。今回から、認知症の患者さんにまつわるあれこれが話題になるようです。


ご本人は簡単な質問も答えることはできません。今現在のご本人の意思はわかりません。

しかし、一度そうやってかかりつけ医に話していたということで、息子さんはお母さんの医療全般を中止することを決断し、それを叶かなえてくれるという病院を探し出したというのです。
息子さんの事情・心情はともかく、医療者としては対応に困る、とのこと。

転院すれば早く死んでしまうのがわかっていて、それで転院を許可するのは、まるで死に追いやるように感じるのです。

また「何もしない」病院が本当に温かく手厚いケアをしてくれるかはわかりません。寝たきりだと、ケア次第では簡単に褥瘡(じょくそう=床ずれ)が出現します。転院しても放っておかれて褥瘡などがひどくなって苦しむとしたら、転院させたほうとしては責任を感じます。

当然、本人が意思表示できる時に書面として書いたものがあれば、話は全然違う、ということになるのでしょう。ただ女性は100歳を超えています。たとえばその意思表示が70代のときのものだったとしたら、20年以上経過したそれはなお「有効」と言えるのかどうか。

また、仮に書面にしていたとしても、実際に起こったケースを十分に想定して書かれたものかどうかはわかりません。書面にしたもの(リビング・ウィルや事前指示書)はないよりあったほうがましですが、それで万事解決とは行かないでしょう。

理想としては、各人が

  1. 認知症や終末期医療などについて十分に学ぶ
  2. 「自分なら何を望むか」を考える
  3. 家族など身近な人と話し合う
  4. リビング・ウィルや事前指示書に書いておく
  5. 折に触れてリビング・ウィルや事前指示書を見直し、必要なら書き直す
というプロセスをしっかり踏む、ということになるのでしょう。

随分難しいことのように思えるかもしれません。ただ、親や配偶者を送った時の経験(時には「後悔」)を糧として各人が真剣に考えるようになれば、数世代先には「当たり前」になっているのではないか。そんな希望的観測を持っています。

このシリーズ、次回以降も楽しみに待ちたいものです。



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