2012年11月25日

【ブログ記事】お葬式は誰のためのものなのか


葬式の希望をエンディングノートなどに書くのは良い。でもその時は遺される者のことも配慮しないとね、という趣旨の記事です。



お葬式は誰のためのものなのか | 報道センターSUG

私の友人に、そのエンディングノートに振り回された家族がいる。

彼女の祖母が亡くなった時、故人は土葬を希望していたようで、その希望を巡って祖母の実子、つまり彼女の父親兄弟が激しくもめたのである。

祖父の眠る墓は勿論火葬した骨壺を納める納骨堂で、祖母の希望を通せば夫婦の居場所が分かれてしまう。

しかし、母の最期の願いだから叶えてあげたい、と主張する兄弟もいて、一時は険悪な兄弟げんかの様相を呈してしまったようだ。


そもそも日本では土葬というのは困難ないし不可能なので、「故人の希望だから」というだけでは容易に実現できない願いですね。これはよくありがちな「ミス」と言えば言えます。本人の思い入れが強いばかりに、実現可能性や大変さ・コストなんかがそっちのけになってしまうんですよね。

例えば「エーゲ海に散骨してほしい」とか「葬式には**さん(面識のない有名人)を招いてほしい」などと遺言されてしまっても、遺された方は困惑するだけです。それを回避するには、やはり家族にエンディングノートの内容を打ち明けておくか、友人か専門家等に見てもらって「ダメ出し」しておいてもらう方が良いのでしょう。

もちろん、こうしたリスクがあるからと言って、エンディングノートそのものが無意味とか身勝手な代物と決めつけるのは、乱暴な議論すぎますよね。そうした誤解・偏見とは戦っていきたいと思います。

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