2013年07月25日

【ネット記事】栄養チューブ姿の祖母、「でも生きて」


ブルームバーグ日本語版に掲載された長文の記事です。



胃ろうを付けた祖母を通して、家族や医療について考察する、といった感じの記事です。長いけど必読、というヤツですね。

栄養チューブ姿の祖母、「でも生きて」-問われる「死の質」 - Bloomberg

今、日本には推計26万人が胃ろうの手術を受け、寝たきりで生きている。私の96歳の祖母もその仲間入りをした。

チューブで胃に栄養を投与する医療行為は、日本で高齢者にごく普通に行われている。一度導入されると実質的に後戻りできない。感染症で入院して間もなく、祖母は鼻から胃に栄養を直接送り込むチューブを看護師に勝手に挿入された。家族へ説明はなかった。翌朝、チューブをつけられた祖母を見た母は、ベッドの横で膝を落とし、「こんなことするつもりなかったのに、ごめんね、ごめんね、と泣きながら祖母に謝った」と、後になって教えてくれた。


それでも、「生きてほしい」という気持ちは家族として当然あるわけで。

この世との接点は小さくなり続けているけれども、祖母はまだ心地よく毎日を過ごしているように見え、この世とつながり続けている。死んでほしくない。祖母の子供、父、叔父、叔母は面会に来るたびに、祖母が生きていて、話し掛けられるだけですごくうれしそうだからだ。


こうした中、筆者と母の間で様々な語りがあったようです。

ここ数年、特にこの半年、私は母と日本の高齢化社会や終末期医療や介護、その経済的影響についてよく話をしてきた。母は、祖母の世代は生まれたときの平均寿命よりずっと長生きしてしまった世代で、必要以上の医療を受けていたとしてもこれは「もうどうしようもないし仕方ない」という。


お母さんはそして筆者は、自分の時にはどんな医療を望むんでしょうね。

不謹慎かもしれませんが、おばあさんを看取りそして気持ちが落ち着いたら、この手記の続編を書いていただきたいものです。何年後になるか、わかりませんけど。

#### 当ブログでは、寄稿記事ならびにブログネタを常時募集しています ###


トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字