2013年04月15日

【新聞記事】毎日新聞「なにもしない葬送」


毎日新聞(東京地域版)による直葬懐疑論です。



メディアで葬送の新しい流れが紹介される時は、おおむね肯定的、せいぜい中立的な立場で語られることが多いです。それだけに、この連載は異色と言えましょう。

終活:/1 なにもしない葬送 「切ない」と炉前に遺族
終活:/2 なにもしない葬送 「よかったのか」心揺れ
終活:/3止 なにもしない葬送 遺族が決める「簡素」

以下は、連載三回目の分です。

「自分の身じまいは自分でやりたい」「子供に迷惑はかけたくない」という気持ちが強く働いて、直葬を希望する人が増えてきた。背景には「葬儀にカネがかかりすぎる」という批判がある。ただ直葬をするには、かなり手間がかかる。きちんと話し合い、それを実行してくれる近親者、もしくは第三者の助けが必要だ。それでもやり遂げる人が出てきて、この10年ほどの間、さかんに新聞やテレビが取り上げた。葬送業者を取材中、私は何度も「新聞のせいで(もうからない直葬は)増えたんですよ」と恨み節を聞かされた。

メディアにのることで認知が進み、今度は受動型の葬送が始まったのではないだろうか。<直葬にされる>型への拡大である。「そういえば昔『葬式なんていらない』とか言ってたよな」などと。これは勝手な想像である。だが、そうでも考えないと、本来手間がかかるはずの直葬がこれほど広がる理由が、私にはわからないのである。


確かにメディアが煽ることで広まっている側面も、多少はあるでしょう。それを言うなら、終活自体、メディアが後押ししているのは間違いないと思いますが。

直葬を望む人が増えているとしたら、それはなぜか。直葬で送られる人が増えている要因は何と何か。詳細に調査・分析されるべきでしょうね。それを通じて、今の日本人(とりわけ大都市圏住民)が葬送に何を望んでいるか、そしてこれからの葬送がどうなってくるか、いくらか見えてくるのではないでしょうか。

個人的には、直葬で身内を送った人が、その経験を通じて自分の時にはどうしてもらいたいと考えるか、といったところに興味があります。あと葬送の変遷を間近で見ている葬儀社の人が「自分の時は・・・」ということについてどう考えるか。

毎日のこの連載は、ひとまず終了のようです。半年後や一年後に「続編」が出るのを期待したいですね。

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